ぶるんぶるん平田(本名:平田 治)
<以下、自筆の紹介>
大学卒業後、軽い気持ちでベビー用品の会社へ就職したものの、
神奈川県の奥池にある営業所に配属されたため、片道2時間かけ通勤するハメに。
ベビー用品が所狭しと陳列されてる営業所の倉庫で、
朝から晩まで梱包作業のくりかえし…
単調な作業に加え、倉庫に缶詰め状態だったためひきこもり体質が悪化。
そんな生活に嫌気が差し、半年で会社を退社する。
特にやりたいこともないままバイト生活開始。
「自分は、なにがしたいのか?」自問自答の毎日を送っていたある日、
「U-turnのオールナイトニッポン」と出会う。
番組を聴いてくうちに創作意欲が湧き、
毎週ハガキを書いてた中高生の頃の気持ちが再燃、
再びハガキ職人として歩み始める。
運良く採用されていくうちに、「どうにか放送作家になれないもんか?」
という気持ちを抱き始め、放送作家になることを決意。
やがて「U-turnのオールナイトニッポン」が最終回を迎えたが、
最後の放送で行われた「常連ギャグマッチ」
(※ハガキ職人によるネタの発表会出場権を勝ち取った職人が
ニッポン放送第1会議室に集まり行われた)
という大会に運良く出場できた自分は、放送当日、
連絡先を明記した名刺を持参、ニッポン放送スタッフに手当たり次第配りまくり、
「作家として雇ってください!」と猛アピール。
運良くニッポン放送神田ディレクター(当時)の目に止まり、
「aikoのオールナイトニッポンコム」のスタッフとして、
晴れて”ノーギャラ作家見習い”として作家人生がスタート。
以来、ニッポン放送を出入りするようになり今日に至る。
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